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【コラコラ問答】会話を全部紹介!「プリキュア」と意外な関係が!「踊る!猪木御殿!」も紹介します。

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こんにちは!kamikamiです!

まさかっ!という情報が入ってきました!

何の関係もなさそうな「アニメのプリキュア」に、プロレスファンには有名な事件

橋本真也と長州力の

「コラコラ問答」

があのプリキュアに!出てくるという噂を掴みました。

信じられない!

ホントに出てるようです。「コラコラ問答」はオールドのプロレスファンにはマストの事件です。

今回は、「コラコラ問答」、そして同じくらいマストの事件「踊る!猪木御殿!」を紹介します!!

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「コラコラ問答」がプリキュアに登場

なんとビックリ!

テレビアニメで有名な

「ドキドキ!プリキュア」

の1話と12話で、

「ナニコラ!タココラ!」

と言って喧嘩してるんです。

学校の男子生徒が口ケンカで言っているセリフでした。

ホントに言っています。

これはやはり、プロレスファンならご存知の長州力と橋本真也の「コラコラ問答」が元ネタになっているようです。制作サイドにプロレスファンがいたのは間違いないです。

「コラコラ問答」なのか?「タココラ問答」なのか?

長州が「タココラ」とちょっとだけ言っているので「タココラ問答」と言われることがありますが、一般的に「コラコラ問答」と呼ばれています。

「タココラ」なのか?「コラコラ」なのか?

あまり大事な論点ではないです。話している内容が大事なんです!

間違えても大丈夫夫です!

「コラコラ問答」なぜ生まれた?

「コラコラ問答」は、2003年11月18日に生まれました。
新日本プロレスを退団し、ZERO-ONEを立ち上げた橋本真也が、同じく新日本プロレスを退団し、WJプロレスを立ち上げた長州力を東スポの記事で批判をしました!
内容は、橋本が「WJはもう終わり」と長州を挑発したと取れる内容でした。

もちろん長州が激怒して橋本が会見をやっているところに殴り込みにきた時のやり取りなのです。

何回「コラ」って言ってる?

ふたりのやり取りで何回「コラ」と言ったのか?

長州14回、橋本6回で合計20回となります。

けっこう言ってますよね。

※回数は前後してるかもしれませんので気になる方は数えてみてください。

「コラコラ問答」その後

この「コラコラ問答」事件の後に長州力と橋本真也は戦いました。

2004年2月29日

○橋本真也 11分8秒  長州力●

この二人が戦うのは、2001年1月4日の東京ドームのシングルマッチ以来でした。
ここでは、プロレスの歴史に残る出来事である藤波辰爾が試合えお止めた「ドラゴンストップ」が起きた試合だったのです。

※ドラゴンストップについてはまた次回語ります。

ということで、以前この出来事があったこともあり長州と橋本の試合が期待されていたなかの結果でした。

語り継がれる「コラコラ問答」

現在でもこの「タココラ問答」は話題にのぼり、プロレスファンのあいだでは永遠と語り続けられる事件となっています。

このことからも、プロレスの試合の外で起こる事件もまとめてプロレスなんだと思います。
私が「コラコラ問答」をリアルタイムで見た時は、いたって真面目なやり取りだと思っていたので、これは大変なことになるとビックリしたものでした。でも今見ると面白いという感想は合っているのかなと。

衝撃MC「踊る!猪木御殿!」

猪木がMCでプロレスラーへのトーク回しをした時があり、いつしかそれが

『踊る!猪木御殿!』

と呼ばれるようになります。

「猪木問答」と呼ばれたりもします。

当時は、猪木が真面目なのかどうなのかがわからないので苦笑して見てましたが、今見ると、とても面白く内容が深いツッコミどころ満載の事件でした。

そもそもどのような理由で生まれた出来事だったのでしょうか。

背景と理由を深掘りします。

「踊る!猪木御殿!」とは

新日本プロレス2002年2月1日北海道立総合体育センターでおこった出来事です。

やはり北海道では何かが起こりますね。

この時代の新日本プロレスは、武藤敬司の退団や社員の退社が相次いでいて、団体として人気が下降線に入りそうな危険な状況でした。

このとき新日本プロレスのリーダー的存在だった蝶野正洋は会場に来ていた猪木をリングに上げ、猪木に向かって新日本プロレスをもう一度浮上させる宣言します。

呼応するように、永田裕志、中西学、天山広吉、鈴木健想、棚橋弘至がリングに上がってくる展開になりました。

猪木はリング上の彼らに問いかけ、自分たちが心の中でくすぶっている思いをひとりひとり言葉で吐き出させます。でも投げかけたほうの猪木が選手たちのコメントに冷たい返しや、投げっぱなしの態度をとり、最後には「俺に言うな。」とぶん投げました。

このやり取りが衝撃的だったわけです。

もちろん、レスラー達は真面目に未来について語っています。

 

しかし、後にその時リングに上がっていた蝶野や棚橋は

「あの時のやりとりはまったく噛み合ってなかった」

と2人とも回想していました。

なぜ「踊る!猪木御殿!」と呼ばれる?

プロレスマニアのくりぃむしちゅーの有田さんが、

この時のアントニオ猪木の行動や発言を「踊るさんま御殿」での明石家さんまの司会ぶりと比較し、皮肉として「踊る猪木御殿」と表現した。

のが始まりだそうです。

「踊る!猪木御殿!」のやりとり

猪木「お前も怒っているか?」

中西「怒ってますよ!」

猪木「誰にだ」

中西「全日に行った武藤です!」

猪木「そうか。お前はそれでいいや。お前は?」

永田「全てに対して怒ってます」

猪木「全てってどれだい?言ってみろ、俺か?幹部か?長州か?」

永田「上にいる全てです」

猪木「そうか、奴らに気付かせてやれ。お前は?」

健想「僕は自分の明るい未来が見えません!」

猪木「見つけろ手前ェで。お前は?」

棚橋「俺は新日本のリングでプロレスをやります!」

猪木「まあ、それぞれの思いがあるからさておいて」

みんなの怒りのコメントを自分から振っておいてことごとくブッタ切る猪木は最強っす。

最後に「さておいて」と今までのやりとりを全部無しにしてしまう恐ろしさには震えが止まりません。

「コラコラ問答」「踊る!猪木御殿!」まとめ

「コラコラ問答」「踊る!猪木御殿!」そのほかにも「またぐなよ事件」などなど試合以外でのやりとりが有名なことがあります。これもプロレスなんですよねぇ。

今は試合後のバックステージコメントに注目が集まります。

これも選手の自己アピールの場なんですね。試合以外でも楽しめるプロレス。

プロレス最高!!

アントニオ猪木に感謝!

「燃える闘魂」アントニオ猪木さんが2022年10月1日に逝去されました。

79歳でした。

プロレス界に多大な功績を遺した偉大なレスラーでした。

ご冥福をお祈りいたします。

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